【誕生物語2】新しい環境での新しい自分の未来を信じて転職!のはずが・・・

誕生物語2

ショールーム展開も成功して、来場客も順調に推移するようになり、着実に一般客様の来場が増え、情報量も増えました。こうして、新しい営業方法を確立させ、数字も上げたことで、ようやく退職を承知してもらい、なんとか「円満退職」の文字を頂いて、23年間勤務した会社をあとにすることができました。

やっとの思いで円満に退職できた後、小さな街にはすぐさま退職の情報が駆け抜け、あちらこちらからお誘いが入ってきました。同業だった資材会社、設備販売会社、地元総合ゼネコン、インテリア会社等々、たくさんの企業からのお誘いがありましたが、すでにP社に2年間も待って頂いていたので、丁重にお断りさせて戴きました。

後に風の噂で聞いたのですが、残っている社員達数名が、「あいつはクビになったんだ!」とか「会社に反旗を翻したから・・」なんて事を言っているとも耳に入ってきました。(事実、嫌われるような態度をとっていましたからね。)

 
前職を辞めた当初は、新しい環境での新しい自分の未来を信じていました。新しい職場では年収が200万円も下がることになるのも承知の上での転職でした。学校を出て23年間勤め上げた会社を辞め、大企業のP社から誘いを受けてリフォームのFC店長へとトラバーユです。

その会社は、駅前に数件のビルディングを所有し、マンションや駐車場も数件所有。かなりの資産家が経営する会社でした。社長は、旧財閥の銀行で海外支店長だったところを、後継者として呼び戻されFCを始めたものの、あまりのカルチャーショックとリフォーム会社の運営方法が分からず、投げ出し気味。そこへ、私の元へ「白羽の矢が」刺さったと言う次第です。

転職を決めた最大の理由は、「経営も任せる!」と言って頂いたことでした。経営を任せて頂けるなら、年収が200万円くらいダウンしても「夢」があるよなぁ~!と転職を決めたのです。

 
まず配属されたのは、駅前のビルディング。道路を挟んで両方に店舗がありました。そこに並べられていた商品は、サビだらけの金物(販売商品)です。荒縄で梱包された木箱のタイル(数十年前の商品)に、破れてはみ出た梱包品など、信じられない「化石」のような商品群。

明治生まれの会長が、「これはまだ売れるんだ!」と意気込むので、私のアタマは????×100状態。(笑)銀行支店長だったから帳簿はきっちりとしてるだろう・と思いきや、2千万円の赤字を計上。(資産家だから余裕なのかも(苦笑))

まず、取りかかったのは、駅前の1等地にサビて売れない商品や倉庫内にあった数十年前の商品の整理。(ただし、会長のいない間に・・笑)そこへ、回転の良い商品を陳列していきました。当然、私もがむしゃらに働きました。そして、わずか2年間で2千万円の赤字を補填することが出来たのです。

このコラムは、2010年に代表 矢田がブログにて掲載していたものを、新たに編集して連載しています。

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